ヨーロッパとアジアの交わるところに位置するトルコは、街や自然の風景はもちろんのこと、文化的にもアジアとヨーロッパが交じり合う場所である。
1トルコリラ=約90円 (2007年2月3日~9日当時)
1トルコリラ=現在のレート
ハラハラのバス移動の巻
早朝の4時半、まだ辺りが真っ暗の中、シリアのアレッポからトルコのアンタクヤまで移動するために、僕らはスプリングフラワーホテルから歩いてバスターミナルに向かった。
バスを乗り継ぎ今日中にカッパドキアに移動する予定だからだ。
トルコにはカッパドキア(奇妙な形をした岩があちこちに見られる大地)やパムッカレ(石灰棚の丘陵地帯)のような大自然トルコ料理の美味しさ、トルコ人の人柄や文化など全てに対して、オラは期待に夢を膨らませていた。
バスターミナルに着いて、オフィスに行くがまだ誰もいないようだ。
ちょっと早すぎたのかと思いバスターミナルの駐車場をうろちょろしていた。
すると昨日僕らにチケットを販売したバス会社のオヤジを発見したので僕らはオヤジに近づいて行った。
「もうすぐ集合時間なんですけど、アンタクヤ行きのバスはどこですか!?」
オヤジは、バツが悪そうな表情でこう言った。
「バスは、今日は来ない!!」
思いもよらない言葉にオラは、唖然とした。
「おい、ちょっと待てよ! 僕らは、すでに宿のチェックアウトも済ませてここに来たんやで!」
しかしオヤジは、待合室で「待っていろ!」と言ってどこかへ消えてしまった。
どうやら僕らの乗る予定のバスに何らかのトラブルが起ったようである。
せっかく新たな国への移動で張り切って早起きしたのに、オラはオヤジの言葉で意気消沈してしまった……。
待合室には、他の観光客もダラダラと集まって来ているが、まだこの状況に誰も気づいていないようだ。
そのうち出発時間を過ぎてもバスが来ない事にみんなも気づき、焦燥感にかられていた。
待合室の外に立っていた海外添乗員のゆうちゃんが、駐車場内を歩いているバス会社のスタッフを発見し捕まえに行った。
「代わりのバスは無いの? お金は返って来るの!?」ゆうちゃんが、不安そうな顔で聞いているにも関わらず、バス会社のスタッフはちょっと待てと言い、その場をしのぐだけだった。
予定では5時の出発時間だが、それからすでに30分以上経過していた。
乗客のみんなは、イライラが爆発寸前であった。
しばらくすると、バス会社の人が待合室にやってきて、やっと説明をしだした。
今から順番にタクシーが来るからそれに乗って行けという。
仕方が無いので僕らは別れてタクシーに乗って行くことにした。
タクシーの兄ちゃんに、念のためお金を請求してこないか確認してみると「ノーマネー、ノープロブレムだ!」と返事が返ってきた。
「良かった何とか移動が出来そうだ、ちょっと狭いがこれで行こう!」タクシーのトランクに荷物を詰めて、僕らはアレッポのバスターミナルを後にした。
朝起きるのが早かったせいもあり、オラはすぐに眠り込んでいた。
約2時間後、タクシーのブレーキで目を覚ますと、いつの間にかトルコの国境にたどり着いていた。
その先からは別のバスが待っていて、そこから更に2時間後トルコのアンタクヤに無事に移動する事ができた。
到着時刻は10時であった。
この後、アンタクヤから3時間かけてバスでアダナという土地まで移動し、そこで更にバスを乗り換えて、8時間の移動でカッパドキアに行く予定だった。
しかし海外添乗員のゆうちゃんとはここアンタクヤのバスターミナルでお別れになる。
彼女は、このままイスタンブール行きのバスに乗って、そこから日本に帰るのだ。
そして別れ際にオラに手紙をくれた。彼女にとって、仲間での旅は本当に新鮮で、そして大切な思い出となったようだ。
彼女は自分のバックパックを背負い、僕らから離れ、イスタンブール行きのバスに走っていった。
ゆうちゃんは、バスに乗り込むと、自分の席の窓ガラスに文字を書いた紙を貼り付けて僕らにアピールしてきた。
「バイバイ! 大きなハートマーク」
かわいいなぁ~、短い間だったけどありがとう……。
そして、彼女の乗ったバスは僕らの横を通り過ぎ、行ってしまった。
ゆうちゃんを見送ったあと僕らは、ターミナル内にある、いくつものバス会社の中で、アダナ行きのチケットが一番安いところを探した。
ターミナル内のバス会社では、『オズツアー』が一人10リラ(約900円)で最安値だった。
そしてカウンター越しにチケットを購入していると、先にチケットを買ったみかりんがバス会社のスタッフに急げ急げと手招きされていた。しかし、まだ全員のチケットを購入できていない。みかりんが、早く早くと僕らを急かしてきた。
「えっ、どうしたの? 次のバスもあるから焦らなくても大丈夫だよ」とオラが言うと、みかりんは、泣きそうな顔でバスに向かって走りだした。何故そんなに慌てているのか、一瞬、解からなかったが直ぐにその状況がつかめた。
なんと、ムームがすでにバスに乗り込んでしまっていたのである。
おそらく団体行動に慣れていないムームは、僕ら全員がチケットを買い終わるのを確認せずに先にバスに乗り込んでしまったのだろう……。
みかりんがムームを追いかけバスに乗り込んだとたん、バスのドアは閉まり、そのまま走り出してしまった。
ええ~! 行っちゃった……。
いきなり仲間がバラバラになってしまったことでオラは一瞬戸惑ってしまった……。
しかしアフリカなど一日1本しかバスが走っていないような場所と違って、トルコは中長距離のバスの路線網が発達しているのですぐに次のバスがやってくるのだった。すぐに気を取り戻して、次の20分後に来るバスでふたりを追いかける事にした……。
アダナのバスターミナルに着いて、ムームとみかりんを探すが、ふたりの姿は一向に見えない。
とりあえず僕らはカッパドキア観光の拠点になる村(ギョレメ)に向かうバス会社に行ってみた。
するとみかりんとムームのバックパックがオフィスに預けられているのが見えた。
良かった、なんとか合流できそうだ。
みかりんのことだからバスチケットもすでに購入済だろうと予測し、僕らもギョレメ行きのバスチケット20リラ(約1800円)を購入し、出発時間までバスターミナル内の待合室で待つことにした。
そして念のため、ようちゃんが僕らは待合室で待っているよと紙に書き、みかりんのバックパックに貼り付けた。
バスの出発まで時間があるので、僕らは交代で食事をとりにいくことになった。
オラはターミナル内にある売店でおいしそうなケバブを発見し、それを今日のお昼ご飯にしようと思った。
ケバブはアラブ地域では定番の食べ物だ。そいつは垂直の串にスライスした肉を上から刺していって積層し、水平に回転させながらそれを囲んだ電熱器の熱で外側から焼き、焼けた部分から順次肉をそぎ落としたものである。
そのそぎ落とした肉を野菜と一緒に薄いパンに挟んで食べるのだ。値段は2リラ(約180円)だった。
食事の後、急にオラは用を足したくなってきたので公衆トイレに行ってみた。
けれどこの国でもトイレは有料だった。
しかも1回0.5ポンド(約45円)と高い。
トルコは日本の物価で比べると60~70パーセント程度なのだが、僕らは物価の低いシリアから来ているのでどうしてもトルコの物価が高く感じて仕方なかった。
しかも日本では、トイレにお金を払う習慣はない。
公園などの公衆トイレに行くのにいちいち40~50円もとられていたら小学生のおこづかいは、すぐに無くなってしまうだろう。
そんなトルコのちびっ子達のことを考えると同情してしまう。とりあえずオラは、モラルに反しているのは分かっていながらも立ちションができそうな場所までダッシュで走った。
バスステーションを離れるとそこは草原と近くには小川が流れていた。
ちょうどその小川はバスステーションの建物の影で人目がつきにくそうな場所だったので、オラはそこで用を足すことにした。
ダッシュで走って汗をかいた分、冷たい風がとても気持ち良く、開放感に溢れていた。
ふと人の気配を感じたので振り向くと白人の男が10メートルほど離れてオラと同じように小川に向かって用を足し始めていた。
ああ、オラと同じようにトイレ代をケチってわざわざ走ってこんなところまで来る旅行者もいるんだぁ……。
そう思うと何故か親しみを感じた。
しかしあまり相手のことをジロジロ見るのもお互い気まずいだろうと思い、オラは少し斜めに背を向けた状態で用を足していた。
そしてオラの方が先に終わり、心の中で彼の背中に向かって「グットラック、いい旅しろよ!!」と声をかけようと思った瞬間驚いた。隣で用を足していたのはムームだったのだ。
ムームは草原を走っているオラを発見してすぐに用を足しにいったのだと分かり、後から追いかけてきたのだという。
バスステーションに戻るとみかりんが手を振ってこっちに近寄ってきた。
どうやら、ちゃっかりふたりで空き時間にアダナの街を観光してきたようだ。
もう~人騒がせだなぁ~。全員無事に揃った僕ら一行は、カッパドキア行きのバスに乗ってギョレメに向かった。
バスの外は雪が降っていた。
日が暮れるに連れ、空から舞い散る雪もしだいに激しくなっていった。
辺りが薄暗くなる頃には、まわりの景色が青白く雪化粧をしていた。
そのバスは、途中の街までしか行かずセルビスに乗り換え目的地のギョレメに向かうことになった。
乗客は、僕らメンバー6名だけである。
シャン、シャン、シャンと車のチェーンの音が、車内まで響き渡っていた。
そして夜中の0時30分、ようやくギョレメに到着。大雪で着くのが3時間以上遅くなってしまった。
車から降りるとザクッとひざ下まで雪に埋まった。辺りは、真っ暗で案内所らしいお店もすでに閉まっている。
僕らを乗せた車がいなくなった瞬間、急に不安な気持ちになっていった。
宿をまだ決めてなかった僕らは、この閑散した雰囲気の中で寝床をどう探せばいいのか戸惑うばかりであった。
「お父さん寒いよ、暖かいスープが飲みたいよ……」めぐみちゃんが、オラに向かって震えた声で訴えてきた。
「誰がお父さんやねん!!」オラは思わずツッコミを入れるが、他のメンバー達は、笑う気力さえなく、不安と絶望感でぐったりと肩を落としていた。
女性人達は「もし宿が見つからなかったらどうするの?」と不安なことばかり言っている。
そんな中、ようちゃんひとりだけが、雪景色にはしゃいでいた。誰も歩いていない雪道に自分の足跡をズボズボつけて走り回っていた。たぶん彼は、九州出身だからあまり雪に接する機会がないのであろう……。
オラは、他の仲間に向かって「大丈夫いつも何とかなっているから今回も大丈夫だよ」というが、オラの根拠のない慰めに仲間はまったく安心している様子はなかった。
「おーいみんな!!」ようちゃんの声が聞こえて来た。
その声に反応してみんなでようちゃんの方に近づいた。
そして彼の指差す方向を見てみると、なんと観光案内所らしきお店がかろうじて1軒だけ開いているのを発見した。
「やったぁ、ナイスようちゃん!!」
狭いオフィスの中にはヒョロッとした兄ちゃんが机に座っていた。
僕らはそこで電話を借り、ガイドブックに載っている安宿に電話をした。
しかしどこも繋がらない。兄ちゃんは、今は、シーズンオフでどこも閉まっているのだと言う。
「え~こんなところで野宿したら僕ら死んじゃうやん!」
僕らが絶望感で頭を抱えていると、兄ちゃんが心当たりのある宿に片っ端から電話をかけてくれることとなった。
その甲斐あって、何とか泊まれる宿が見つかった。
オラは、ほっと吐息をついた。
みんなも安堵の表情を浮かべていた。そして雪の中をザクザクと歩いて宿を目指した。
宿は洞窟の中の様な雰囲気の可愛いホテルであった。
『ノマトホテル』(一人1泊15リラ=約1350円)。
かろうじて見つけ出した宿にしては、なかなかいい宿ではないか!?
そして宿の談話室では、「こんな大雪の日によく来てくれたねぇ」と言って宿の主人が温かいチャイを出してくれた。
移動の疲れと冷え切った僕らの体は、温かい主人の心とチャイの温もりに回復されたのであった。