インドを振り返って
その日の夜、みえちゃんとめぐみちゃんとはお別れし、僕らはタクシーで空港へと向かった。
信号待ちの間に、物乞いのおばあさんが近寄ってきた。そのおばあさんは凄く優しそうな目で僕らを見つめ、バナナやバクシーシを求めてきた。
小さな振るえた声であった。
あまりにも優しそうな目をしているのでオラは、おばあさんの顔をいつまでも見つめていた。
信号が青に変わったのでタクシーはそのおばあさんから離れて行った。
そういえばオラは宿にバナナを置いてきてしまったなぁ。
黒くなりかけていたので、置いてきたのだが、そんなバナナでもおばあさんにとってはきっと助かるんだろなぁ~。
今まで物乞いにはたくさん会って来たけど、お菓子などの食べ物はあげたが、お金は渡した事はなかった。
でもあのおばあさんにはお金を渡してもよかったと思った。
手持ちで余ったインドルピーを全て渡しても良かったのにと、後悔の気持ちがでてきた。
そのおばあさんの表情が、病気で弱ってしまった自分のお母ちゃんそっくりだったからである。
オラは、ラフティングの仕事をする前、親父と一緒に飲食店を経営していた。
ある日お母ちゃんが、舌の奥が痛いと言いだした。
病院に連れて行くとお医者さんに、舌の奥にガンができていると告知された。
違う部分に転移しないうちに舌を切り取る手術をした。
その代償に食事を取れなくなり、喋ることすらもできなくなった。
そしてお母ちゃんは、日に日に弱っていき今までの強いお母ちゃんが、弱々しいお母ちゃんに変わってしまった。
数日後の検査の結果。
既にリンパ腺のところまで数多く転移していた。
お医者さんの話では、かなり厄介な状況で、お母ちゃんの五年生存率は、50パーセント以下だと言われた。
親父はかなり落ち込んでしまい、店のヤル気も失っていた。
オラは、親父に「店辞めてどうするねん!?」と言ったが、親父は、「ワシは、もう死んでもいいねん!」と完全に投げやりになっていた。
結局、もう一度手術をし、リンパ腺の腫瘍を摘出することができた。
しかし、まだ転移している可能性もあるので、オラは毎日お母ちゃんを放射線治療の専門の病院へ車で連れて行った。
そのため、お店は一旦閉めることになったが、その甲斐もあって、お母ちゃんは、5年以上経つ今でも元気に生き続けている。
しかし相変わらず言葉も喋れないし、年をとったこともあり弱々しい。
それでもオラが年に1度実家に帰った時には、自分は、流動食だし、味覚だって分からないのに、オラに食べきれない程料理を作ってくれ、お土産にお菓子をたくさん持って帰らせてくれる。
そんな優しいお母ちゃんは、今でも変わらない。
オラは、お母ちゃんとインド人のおばあさんの優しい表情があまりにも似ていたので、おばあちゃんを他人には思えなかった。
そしておばあさんの生活背景を想像してしまった時に、何もしてあげられなかった自分を後悔し自然と涙が溢れてきた。
長かったようで短かったインドの旅。
おせっかいで、鬱陶しいインド人達とももうお別れだ!
そう思うとなぜか寂しくなる。
インドは明らかに、現代の日本とかけ離れていた。
でも全く違うとはオラには思えなかった。
今まで僕らが見てきた発展途上国の人達は、平気で街や川などにゴミを捨てている。
ニューデリー駅の駅員さんは、ホームのゴミをホウキで掃いてはいるが、線路側に全部ゴミを落としていた。
え~と思ったが、戦後すぐの日本も街が汚かったと聞いた。
街だけでなく、川や海も、今よりもっと汚かったという。
だけど今では、ゴミをその辺りに捨てる人が少なくなり、街が綺麗になってきた。
その代わり今の日本は、人と人との関係は逆に失ってきている様な気がする。
オラが昔住んでいた兵庫県では、1995年に阪神・淡路大震災という大地震が起こった。
その時は、自然と近所の人同士は協力し、助け合いの輪が広がった。
他府県からも援助物資やボランティアなど多くの人々が協力してくれた。
結局人間誰かの力がないと一人では生きていけないのである。
今でも被災した地域は近所付き合いの良いところが多いという。
インド独特の人懐っこさも、助け合いがなければ生きていけない社会だからかもしれない。
けれど南アジアの人達はオラに、人との触れ合いが、人間にとって一番大切なことだと気づかせてくれた。
一番感情にも入ってくるし、思い出にも残る。
オラは今まで旅して来た国の文化を見てそう感じた。
菊ちゃんに、オラが感じたインドの感想を述べると、「いざぽんは、たぶんインドにはまっちゃったんだよ~」と菊ちゃんが言った。
「インド人は10年で日本の経済に追いつくと言っていたが、国全体は20年経っても追いつかないと思うなぁ」菊ちゃんがそう言うとオラもコクリとうなずいた。
「僕らはタイムマシンで過去の世界を覗きに来た感覚やなぁ」
「そうだね、じゃぁ、次に行くアフリカは石器時代にタイムスリップする感覚だよね」菊ちゃんは、タクシーの窓から見える海の方向を指差し、そう言った。
たぶん菊ちゃんは、大自然の動物と、裸で暮らす民族を想像し、そう言っているのだと思った。
次の時代にはどんな出来事が僕らを待ち受けているのか楽しみになってきた。