インド人の恋の巻
ようちゃんを大きな病院に送った後、オラとマッキーは、バラナシの街を探索していた。
野菜をメインで売っている路上の市場の前で、おかっぱ頭のどんくさそうなインド人の兄ちゃんが日本語で話しかけてきた。
僕らはこの後、予定もなかったので、彼の話し相手になった。
名前はサンジ。彼は日本語が上手だった。彼いわく、日本人の彼女がいるらしい……。
「彼女とはどこで知り合ったん?」
「フレンズゲストハウスだよ」
へぇそうなんや。
一瞬「僕らもそこに泊まっているで」と言いそうになったが、後で変に待ち伏せされるようなことでもあれば困るのでそこは軽く流した。
「ゲストハウスから出てくる彼女を見て僕は、一発で一目惚れしてしまったよ。
凄く、チャーミングで素敵な彼女に僕は、友達になりましょうって声をかけたのさ。
しかし、その時は、シカトされちゃってさぁ~」
そりゃそうやろ。
「でも、僕は諦めなかったね!
毎朝毎晩、ゲストハウスの前で彼女が出て来るのを待っていたのさ!」
おい、それは日本ではストーカー行為って言うんやで!
「ある日、彼女にも僕の気持ちが通じたみたいで、向こうから挨拶してくるようになったのさ。そのうち二人は恋人同士になったんだよ」
「へ~、サンジ、チューする関係になったの?」オラは、恋人同士なんてサンジだけが思っとるんちゃうん? と疑ったが、興味津々なので聞いてみた。
「いいえ、彼女は2週間しかここに居られなくて、お互い凄く悲しんでさぁ、彼女は別れ際にチューしてほしそうだったんだけど、僕は今度会う時のために我慢したんだ。
でも彼女とはあれから半年くらい文通しているんだよ。
僕らは結婚する約束をしたんだ。頑張って働いて稼いで、そのうち日本の彼女のお父さんに会いに行こうと思ってる」
サンジは、彼女からの手紙の束をオラに見せてくれた。
なんと、手紙の住所は、『大阪府高槻市』オラの家の隣町であった。
「そうか、頑張って! オラも応援するわ」なんか、急にオラは応援したい気分になった。
「でも、ここ3ヶ月くらい彼女からの手紙が届いて無いのが気になるんだけど……。
彼女も忙しいからなぁ~。
まず僕は、この国で彼女を幸せにするために、自分でシルクのお店を持つ事に成功したんだ。
この店が、繁盛したらきっと彼女との結婚も親が許してくれるはずなんだよ」サンジはこぶしを握り締め、熱く語りだした。
「ねぇ、ところで君達、良かったらうちの店に寄って行かない? すぐそこなんだ、見るだけでもいいからさぁ……」
お~い、やっぱりオチはそれかい。
まぁ、せっかくだから、見るだけ見てやるか。
僕らは、サンジのお店を覗いた。でもシルクには全く興味が無かったので少しだけ見て、また来るよと言って店を出た。
しかし、インド人はすごいなぁ、結局、商売に繋げちゃうんだもんなぁ~。
オラは感心した。
でも、サンジの彼女に対しての気持ちは本物だと思った。
しかし、インドと日本とでは、あきらかに文化の違いや経済格差があり過ぎる。
日本人の彼女が、2週間やそこらの旅の出会いでインド人と結婚しようと、本気で考えるなんてなかなかないんじゃないかなぁ。
遠いインドから彼女のために、一生懸命夢を抱いて働いているサンジの事を考えると、何だか虚しく感じるのであった。
しかし年老いたオヤジはこの道はサイクルオンリーだという。
値段はオートリクシャーと同じ80ルピー。
「高けーよ!」
しかし、年老いたオヤジは病院までは、どっちで行っても10分で着くという。
オラは、ホントに10分で着かなかったらお金を払わないと言った。
年老いたオヤジはチャリチャリ鳴らしながら立ち漕ぎで一生懸命走った。
ところが通常の道はその時間は通行止めのようだ。
オヤジは慌てて、回り道で病院へと向かった。
オヤジが横を向いた時、口の中が赤くにじんでいるのが見えた。
その瞬間、オヤジがペッと口の中にいっぱいたまった真っ赤な血を地面に吐き出した。
ゲー! オヤジ血を吐くぐらい頑張ってるんかいな!?
「おいおい、大丈夫かよ、もういいからゆっくり走ってくれよ!」
しかし、リクシャー魂に一旦火がついたら止まらないのか、オヤジは立ち漕ぎ状態を決して崩さずにひたすら走り続けた。
結局病院に着いたのは15分後だった。
オヤジはいっぱい走ったから追加料金を払えといいながら紙タバコをクチャクチャして「ペー」って地面に赤いニコチンをはき散らかした。
なんや、あれは血ではなく紙タバコやったんや。
それで赤い跡が街中にはき散らかされていたのか……。
追加料金なんて絶対はらわねぇ。