運河には無数のアーチ状の橋がかかり、そこから運河に沿うように、狭い道路が迷路のように張り巡らされている。街の移動手段は全て船、車が一切走っていない街である。車にジャマされずに歩けるということが、こんなにも心地よいものかと思う。
街の水路にはゴンドラが揺れ動き。カンツオーネの音楽があたりに響き渡る。
そんなすばらしい場所ではあるが、海面の上昇や地盤沈下によって、将来は沈んでいきつつある運命だという。
ヴェネチアでは毎年2月位に仮面祭りがおこなわれる。夢のような街が更にマジックにかけられ、別の次元に連れ去られようにな気分になる。
人並みにまぎれて、思い思いの仮面と衣装をまとった人達がこの街を練り歩く。
自分達もそんな体験をしたくなった。
仮面祭りで大フィーバーの巻
ヴェネチアはイタリアの中でも、もっとも優雅な土地である。
街には一台の車も走っておらず、クラクションの音など全く聞こえない。
街中にはいくつもの水路があり、ここに住んでいる人達は全員船で移動するのである。
僕らは、フィレンツェ中央駅6時28分発の列車に乗り込み、ヴェネチアのサンタ・ルチア駅にお昼過ぎに到着した。
街は、祭り一色の世界であった。
駅前の広場では、陽気な音楽があたりに鳴り響き、路上でボディーペインティングを商売にしている人や、マスクを被り色とりどりの衣装を身に着けた人達が街中歩きまわっていた。
そんな光景を見たオラは、ウキウキしてたまらなかった。
ヴェネチアには、祭りの最終日まで3日間の滞在を決めていた。
ところが、オスティロ・ペル・ラ・ジョヴェントゥ(一人1泊20ユーロ=約3300円)の宿を初日だけ宿泊することはできたが、祭の最終日だけはどこの宿も満員で高級ホテルすら空いていない状態であった。
ナポリで出会ったカリンちゃんのガイドブックからひそかにメモっていた安宿、アーキーズハウスの名前だけが頼りだったので滞在期間中に探すことにした。
最悪、駅に荷物をあずけ朝まで祭りを楽しもうと思ったが、街を練り歩いている時に、偶然ようちゃんがアーキーズハウス(一人1泊20ユーロ=約3300円)の宿を発見した。
6名全員分の部屋も空いており、おまけにネットし放題だった。
この時期にこんないい宿を発見できたのはほんとラッキーであった。
偶然見つけたアーキーズハウスはほとんどの宿泊客が日本人ばかりだった。その中にフィレンツェの宿で相部屋だった大学生の男の子、森やんに再会した。
そしてしばらくすると新たな宿泊客がやって来た。
どこかで聞いたことのある声だと思ったら、イタリアを一人旅していたカリンちゃんだった。
彼女は、ナポリだけでなくローマでも一度僕らと再会していたのである。ほんと世界は狭いもんだなぁ~。
彼女は、ヴェネチアに来てから、宿で揉めることがあったなど嫌なことが続いていて、一度この街から出ようとしたらしい。
でも、やはりお祭りの最終日だけは体験しておきたいと思い直し、ここアーキーズハウスに辿り着いたようだ。
一人で寂しさを感じていた時に偶然僕らと再会したので凄く嬉しいと言ってくれた。
僕らもこの宿を見つけられなかったら再会を果せなかったのでこの偶然の出会いに感謝した。
オラはお昼ご飯にスーパーで買ったリゾットを宿の電子レンジでチンをして、宿の中庭で食べようと外に出てみた。
すると、ようちゃんとカリンちゃんが、悪そうにタバコを噴かし座っていた。
まるで学校の裏校舎で学生が隠れてタバコを吸っているようである。
「カリンちゃんもタバコ吸うんや!」オラが尋ねた。
「普段は吸わないんだけど、ようちゃんに1本頂いたの。 ほら、嫌なことなんかあると、ちょっと吸ってみたくなる時ってあるでしょ?」
「そうやなぁ、普段から吸う人でもイライラした時なんか、タバコの吸う量がいきなり増えたりするもんなぁ……」そう言うとオラもようちゃんからタバコを1本頂いて、フーと煙を噴かした。
「でもカリンちゃんは、凄いねぇ。海外旅行の経験はほとんどないんでしょ? それを半月も女の子一人で旅するなんて……。僕らは仲間で旅しているから、トラブルなんか合っても仲間同士で分かち合えるから何ともないけど、やっぱ一人の時は、全部自分で抱え込むことになるから不安でしょうがなくなることの方が多いんじゃない?」
「うん、なんで一人旅なんかしちゃったんだろうと思っちゃう……」かりんちゃんは、ぼんやりと青い空を眺めながら言った。
「けど、旅ってさぁ、見たもの感じたものが思い出となって後々残るやん。
やったら、せっかく楽しみにしとったイタリアやし楽しまんと損やん!!」ようちゃんが言った。
3人並んでタバコを噴かした煙は、フワフワと浮かび上がり、青い空にぼんやりと浮かんでいる雲に溶け込んでいった。
タバコを吸い終わったカリンちゃんはすくりと立ち上がると、自分の部屋からハサミを取り出してきた。
「そうね、楽しまないと損よね! 気持ちを入れ替えるわ!」そう言って肩まであった髪を短くカットし始めた。後ろの見えない部分は、ようちゃんがカットしてあげた。
カリンちゃんの髪型は素人が切ったとは思えないほど、スッキリとまとまり、顔の表情も明るくなったこともあり、見た目も断然可愛くなっていた。
さぁ、今晩はお祭りの最終日である。
森やんやカリンちゃんも誘って、祭りを楽しむこととなった。
みんなで仮面やお化粧をしてメイン会場に向かった。
メインのサンンマルコ広場の会場は回廊のある建物に囲まれており、その奥にはドゥカーレ宮殿やサンマルコ寺院などがある。祭りを演出するためか、そのまわりの建物すべてがオシャレにライトアップされていた。
会場の舞台では、劇や生演奏のコンサートが行われ、そのまわりを中世の衣装を身に纏った人、おちゃらけた衣装の人、ボディーペインティングをした人達がひしめき合っていた。
そのファンタジックでエキサイティングな雰囲気を味わうとどんどん気持ちがエスカレートしてくる。
仮面を被って場の雰囲気に溶け込んでいる僕らの姿を見た森やんが、いてもたってもいられなくなり「僕も仮面を買ってくる!!」と言い出し、一旦会場から離れ道化師のお面を被って再び僕らの元に戻ってきた。
まわりではすでに大フィーバー。
会場の熱気は最高潮に達していた。
僕らも我を忘れ、疲れ果てるまで踊りまくった。
会場の舞台のコンサートが終わったあとも、しばらくは熱くなった気持ちが落ち着かなかった。
まわりにいた人達との大会が撮影大会が始まった。
こんな大勢の人写真に納まらないよぅ!!
多くの会場の人達が仲間になった瞬間であった。
僕らが、宿に戻ろうと歩きだした時、いきなりドーンドーンと花火の上がる音が聞こえてきた。
祭りの最後に打ち上げ花火が上がりだしたのだ!!
僕らは、慌てて音の聞こえる方に走って行った。
花火はサンマルコ広場近くの港から打ち上げられているようである。
音楽に合わせて打ちあがる花火は、いままで体験したことのないヨーロッパ独特の芸術的な演出であった。
その打ち上げ花火のラストがかなり感動的で、音楽と花火の音色がいつまでも脳裏に残っていた。
翌日、早朝にカリンちゃんは、宿を出て行った。
僕らも夕方にはヴェネチアの街を出発しなくてはいけない。
そして宿に残る森やんともお別れである。
カリンちゃんと森やんとは、日本でまた会おうと約束をした。
同じ宿を共にした仲間、そして祭りで子供のように無邪気にはしゃぎまわった仲間として……。
ヴェネチアの街はすっかり閑散とした雰囲気に包まれていた。
といっても昨日までの祭りの環境があまりにも賑やか過ぎたからそう思ったのかもしれない。
僕らは花の都パリに空路で移動するため、空港行きのバス乗り場に向かった。
途中、ローマ広場の橋の上で僕らは立ち止まった。
そう、ここでめぐみちゃんとはお別れである。
めぐみちゃんは、みんなにお別れの言葉を言ってくれた。
「いざぽん。それにみんな、本当にありがとうございました。私一人じゃ11カ国も行けなかったと思います。仲間に助けられてばかりだったけど、朝から晩までみんなと一緒に過ごせて本当に幸せでした。私は日本から、みんなが無事オーロラを見て日本に帰ってくることを祈ってます」
「ありがとう、めぐみちゃん。オラもめぐみちゃんの笑いのセンスにずいぶん救われたわ。気つけて日本に帰るんやで!!」
「うん」
めぐみちゃんは、にこやかな笑顔を見せて、僕らと別れた。
みんなに見送られるのが恥ずかしかったのか、慌てて下りた階段で、転げ落ちそうになった。
「だっだいじょうぶー!? めぐみちゃん!!」
みんなが思わず声をあげた!! やはり最後の最後まで仲間に心配をかけさせるめぐみちゃんであった。
「チャオー」最後にようちゃんが、大声で叫んだ。
めぐみちゃんはそのまま走り続け、ローマ広場の人ごみの中へと消えて行った……。
純粋な彼女の優しい心や、独特な発想や笑いにずいぶん癒しをもらったなぁ。
一緒に旅できて良かった。
ありがとうめぐみちゃん……。
ヴェネチアの祭り最終日。盛り上がるだろうなあ……。
今日で、仲間と2ヶ月旅をともにしたことになる。
朝、起きるとさみしかった。もうすぐみんなとお別れなんだな。
街をひとりで歩いてパスタ屋に入った。でたらめに頼むと、ずっと探しても食べられなかった本場イタリアンいかすみパスタが出てきた。
嬉しかったなぁ!!
神様が慰めてくれているんだと思った。
口をまっくろにして食べながら、おいしくておいしくて笑ってしまった。
広くて美しい道より、路地に面白さを感じる。ヴェネチアの路地の奥に奥に入る。
帰れないかもしれない、迷ったかもしれない、しらないイタリア人が歩いてくる。
そんな、ちいさな刺激がたまらない。路地裏には普通のイタリアンの家があり、普通のじいさんが普通の犬を連れて、ドアごしの妻に「チャオー」と言っている。
洗濯物がはためいている。そういうのを見るのがびっくりするほど楽しい。
部屋にもどって外の景色を眺めていると、ようちゃんがきた。
「くつ下は、毎日洗ったらだめ!! 臭くなる。一週間履き続けると、臭くないんよ」と、不思議なことをいう。
笑うわあ……。
夜になってくるにつれ、咳がひどくなってきた。
私は旅の間中おなかを壊し、風邪、胃痛、吐き気の連続だった。
治るより好奇心が勝ってしまい、新しい街で朝から晩まで遊んでしまうからだ。
ここ、ヴェネチアで呼吸が苦しいくらい咳が出て、まずいなあと思いはじめた。
もっと、まずいことに、仲間に風邪がうつるのだった。
はじめは、ダイタくんが、鼻水をだしていた。
伝染しておいて失礼だが、はなたれダイタくんは、かわいかった。
次にマッキーが、咳をしだした。
さすがに、やばいと思った。
自主隔離のため、私は、咳をしながらベッドで眠っていた。
祭り最後の夜なのに、みんなと最後の夜なのに、どうして風邪なの? と思った。
みんなに会いたいのに最後のご飯なのに、いじけた。
うつらうつら眠っていると、何度か仲間の声がする。
様子をみにきてくれている。 泣けた。
しばらくすると、
「最後やし、ご飯たべにみんなのとこおいで」
と声が聞こえる。
なぜか、みんなに会いたくなかった。つまらないような、しんどいような、懐かしい感情だった。
うだうだしていると、
「めぐみちゃん、さみしい病が出てしもうたね」
と、ようちゃんが言った。
咳をしながら、サンマルコ広場のラストカーニバルへ行った。
踊っていても苦しくて、あきらめてみんなを離れた場所で見た。
みんな、楽しそうだ。みかりん、カリンちゃん、ようちゃん、ダイタくんが、笑って踊っていた。
大好きなみんなが笑う顔を見るほうが、舞台より楽しかった。
なんて、愛しい人たちに囲まれて、私は旅していたんだろう。
踊り疲れたいざぽんと、マッキーの隣に座って、そのうち、体がしんどくなったので地面に眠った。
冷たくて、気持ちいいなあ。不思議な安らぎだった。
いざぽんが、マサイマントをかけてくれた。
おやすみ、みなさん、大好きです。
サンマルコ広場で撮影。左からいざぽん、めぐみちゃん、ようちゃん
まだまだ熱気が冷めやらない、祭り直後のサンマルコ広場。共に楽しんだ人達とみんなで記念撮影をした