住民の言語はスワヒリ語を用い、共通語として英語を用いる
ケニアとタンザニア北部に住んでいる原住民のマサイ族は、マサイ語を話し、伝統的な生活を守って暮らしている民族である。
ナイロビから260キロ離れたマサイマラ国立保護区の近くには、マサイ族の村がいくつも点在していた。
ケニアシリング=約1.8円 (2007年1月1日~2月7日)
現在のレート
危険な香りの街の巻
タンザニアのアルーシャを9時半のバスで出発し、ケニアの首都ナイロビには、14時半に到着した。
ナイロビの街は、ナミビアのウイントフック以来の都会の街並みだった。
しかし今は、正月休みのため、閑散としていた。普段なら多くのビジネスマンや買い物客達で賑う、高層ビルの立ち並ぶ都会の風景であるはずが、ナイロビ駅から延びる通りは人気のない商店が続き、まるでゴーストタウンのようだった。
南アフリカのヨハネスブルグに到着した時の様に、僕らが危険な街という先入観でこの街を見ているせいか、異様に物騒な雰囲気が立ち込めている気がした。
しかしそれは先入観だけの問題ではなかった。
なぜなら僕らがタクシーで宿に向かっている途中、自動販売機にもたれかかっていた一人の黒人男が、胸ポケットからおもむろに注射器を取り出し、腕にブスリと射している光景を見てしまったからだ。
「なんか、今までとは違う雰囲気の街だなぁ……。」
市内中心地のエンバシーホテル(一人1泊1000ケニアシリング=約1800円)に着いた僕らは、とりあえず、バックパックを部屋におろして、ホテルのレセプションにサファリツアーの情報を聞きに行った。
しばらくカウンターの前で待っていると、営業マン風の女の人がやって来て僕らをサファリツアーの企画会社に徒歩で連れて行ってくれた。
これまで出会ってきた旅人のサファリツアーの情報では、ケニアならマサイマラ国立保護区が色んな種類の動物が見られてお勧めだと聞いていた。
しかしこの時期のマサイマラは大雨の影響で道が水没していて、サファリカーでの移動が困難なため、代わりにアンボセリ国立公園に連れて行くという。
でも違う国立公園に行ってあまり動物が見られなかったら嫌だなぁと思った。
そこに偶然日本人の観光客が何かのツアーから帰ってきた。
40代くらいの男女の3人組は探検隊のような服装で事務所に入ってきたので、すぐにサファリツアーの帰りだと分かった。
その人達にどこに行ってきたのかと訊いてみるとアンボセリ国立公園に行ってきたと答えた。
僕らは、その3人組みにアンボセリ国立公園の感想を訊いてみることに……。
「サファリはどうでしたか?」オラは3人組のリーダー格ぽいヒゲのおじさんに向かって訊いてみた。
「いやぁ、良かったですよ~、思ったよりもたくさんの動物が見られたし……。
そうだ! 今撮ってきたばかりの写真を見せましょうか!?」
ヒゲのおじさんは、デジカメの液晶画面を僕らに向けてきた。写真には像やライオン、その他いろんな種類の野生動物が写っていた。
「おおっ、なかなかいいじゃないですか!」オラは写真を見て胸が高まった。
みんなも今撮ってきたばかりの野生動物を見て興奮していた。
「ところであなた達は今日着いたの?」ヒゲのおじさんは、親しみ深い口調で話かけてきた。
「今日の朝8時半ぐらいにね、1人のバックパッカーが、4人ぐらいの黒人に襲われてカバンから何から全部持っていかれたみたいなんですよ!」
「ゲッ、そっ、そうなんですか?」
「あとね、一週間前にもあったんですよ。 観光客が、宿から出た瞬間に後ろから大きな石で殴られたみたいです。ここの街は色々と物騒な事が多いから気をつけてくださいね」
「そ、そうですか気を付けます……」
ただでさえこの街に恐怖感を抱いていたのに、更に輪をかけるような話を聞いた僕らは、ツアー企画会社から宿に帰る道もビビリまくっていた。
あとで思えば8名で行動している僕らをそんな簡単に襲って来る奴はいないと思うのだが、その時は、「腰に巻いているそのポーチが危ない」とか、「南京錠をかけたその手さげカバンが逆に狙われやすい」とか、お互い必要以上に指摘し合いながら宿に帰った。
宿に戻るとオラはパソコンを開いてもう一度、サファリツアーの情報を調べ直すことにした。
それは、ここの事務所のツアーでは一人1日100米ドル以下には値下げできなかったからだ。
ナイロビには、サファリツアーを運営する会社は他にもたくさんある。
オラは納得してないままツアーを決めることはできない。
なので、さっきのサファリツアーの企画会社の人には仲間ともっと話し合ってから決めるよとその場では答えていた。
いくら仲間であってもそのツアーに対してのお金を使う価値観はひとそれぞれ違うはずだ。
特に高額なツアーを選ぶ時は、旅のリーダーとして慎重に判断しないといけないのである。
それともう一つ重要なことを調べておかないといけなかった。
明日は値段の高いこのホテルを出て違う宿に移動する予定だったからだ。
しかし、僕らが移動しようと思っていたホテルは、ヒゲのおじさんが言っていた、石で殴られ事件のあったヤバイホテルだったのだ。
それはまずいと思い、別の宿を探すことにした。
翌日僕らは、プラネットという宿に移動することに決めた。
その宿はビルの8階にあり、比較的治安の悪い通りから離れていた。
それにここの宿は、サファリツアーを運営しており、ツアー代金は、一人1日80米ドルで交渉できた。
しかもマサイマラ国立保護区に行けると言う。
そして更になんと、3日間宿が無料になるという特典付き。
そういうわけで僕らは、次の日から2泊3日でマサイマラ国立保護区へのサファリツアーに出かけることとなった。
エレベーターには定員6名と書いてあったのであけちゃんと菊ちゃんは、階段で下りると言ってくれた。残りの僕ら6名はエレベーターに乗り込み1階まで降りようとした。しかし次の階で、太った黒人の兄ちゃんが1人乗り込んできた。
ただでさえ定員オーバーなのに、こんなに太った黒人の兄ちゃんが一緒にエレベーターに乗り込むのは危険だと思い、兄ちゃんに向かってブーイングをした。
しかし、兄ちゃんは強引に乗ってしまった。
僕らが恐れていたことが起った。
途中エレベーターはスーと落ちてガッツンと止まるような異常な動きを繰り返し、いきなり下まで落ちるんじゃないかという怖い気持ちになった。
更にエレベーターはガタガタいいながら1階を通り過ぎて地下まで一気に降りてしまった。
めぐみちゃんはキャーキャー叫んでおり、他のみんなも恐怖に固まっていた。
地下まで下りたエレベーターは、今度は折り返して最上階まで上がっていった。
ぷる君が叫んだ!!
「早く一階のボタンを押して! 上から一気に落ちるかもしれないよ!!」
「ダメー!! もっと何回も押さないと!」
エレベーターはまたもや1階を通り過ぎ、地下へ!!
「もーこうなったのもこの兄ちゃんのせーやわ!!」めぐみちゃんは、黒人の兄ちゃんを鋭い目つきでにらみつけた
兄ちゃん苦笑……。
しばらくして僕らが押した非常ボタンに気づいた係員が1階でエレベーターを止めてくれ、やっと僕らは救助された。
エレベーターから脱出した僕らは、しばらくは放心状態になっていた……。
そのすきに黒人の兄ちゃんは、いち早く外に出て走り去っていった。
オラはベトナムでエレベーターに閉じ込められたオッキーの事を思い出した。
自分達がこういう状況に遭遇してあの時のオッキーの気持ちがやっと分かった。
1人でエレベーターに閉じ込められたオッキーはさぞかし、心細かっただろうな~。
「あの時馬鹿にしてごめんねオッキー……」オラは心の中で謝ったのであった。
1 出来るだけ単独行動をしない。
2 旅行者だと目立つので大声で、ワイワイ騒がない。
3 あまり荷物を持ち歩かない(現地の人は白い買い物袋だけ持って出歩く人がほとんどであった)
4 やたらジャンボ、ジャンボと話しかけない。
街をうろうろしていると、やたらジャンボ、ジャンボと声を掛けられる。
現地の人との交流を大切にする菊ちゃんも、いつものように、ジャンボ、ジャンボと元気よく挨拶していた。
しかしここは治安の悪い街なので、誰彼かまわず相手にしていると、トラブルに会うかもしれないということで、菊ちゃんにはジャンボ禁止令が発令された。