塩事件の巻
カプリ島から帰ってきた翌日は、自由行動の日にしていたので、オラは今後のスケジュールを決めたり、日記を書いたりしながら一日を宿でダラダラと過ごしていた。
夕方部屋でパソコンをいじっているとナポリの街へ遊びに出かけていたようちゃんが帰って来た。
「今日はいっぱい絵を描いた♪」ようちゃんは、サブバッグを抱いたまま自分のベッドにバタリと倒れこんだ。
「どんな絵を書いたん!?」オラが言うと、ようちゃんは自分のバッグの中からスケッチブックを取り出し、オラに手渡してきた。
「絵はカメラのファインダーからでは見逃してしまいそうな、風景の細かい部分まで感じ取ることができるからいいんだよ」ようちゃんはベッドに倒れこんだまま部屋の天井を見つめ、そう言った。
「ほんまやなぁ、でもえらいたくさん描いたんやなぁ……。
写真は一枚も撮ってないの?」オラは、自分のベッドに寝そべり、スケッチブックの絵を見ながら訊いた。
ようちゃんは小さくため息をついたあと、言い難そうに答えた。
「……実は盗まれた!!」
「ええっ! マジで!! カメラを盗られた!?
どこでやられたん!?」オラはベッドから起き上がり、ようちゃんの顔を覗き込んだ。
ようちゃんは深刻な表情で自分のベッドに座り、ことの成り行きを淡々としゃべり始めた。
「オレ、へんぴな場所が好きやからさぁ、ナポリ中央駅の南の路地をプラプラ歩いとったんよ。
そしたらオレ好みの雑貨屋が並ぶ路上販売の通りに出たから、思わず夢中になってそのあたりを物色してまわってたんよ。
そんでラジオやらなんやらの電化製品を売っとるおやじと出会って、ほとんど新品のノートパソコンを半値で買わんか?
って言われたけど、最新のパソコンが半値なんてありえんし、どうせこれは盗品やろうと思ったと。
でも盗品なら更に安く売ってくれるんやないかと思って、おやじに冗談で値切りをかけてみることにしたんや。
そしたらあっさりよか値で売ってくれると言い出して……。
最初はオレも盗品を手にすることに抵抗があったから購入する気はなかったけど、安さに負けて買ってしまったんや」
「へー、盗品買ってもたんや」オラは、フムフムとうなずきながら、ようちゃんのバックパックの横に置いてあったパソコンケースを触ろうとした。
すると突然ようちゃんが大声を出した。
「ちょっと待った!! 話ば最後まで聞いて!?」
ようちゃんはいったん立ち上がって、オラが触ろうとしたパソコンケースを両手でがっしりつかみ、続きを話し始めた。
「オレはおやじにお金ば払った後、その場でパソコンをケースに入れてもらい、おやじと別れた後にケースの中身ば確認してみることにしたんよ。するとなんと、パソコンケースの中身はパソコン本体ではなく、塩の固まりに入れ替わっとったんや!!」
「ええーっ、そんなアホな!!」
オラはそんなキツネにつままれたような話を理解できなくて、頭がこんがらがってしまった。
「それが、ほんとの話やねん、ほら……」
ようちゃんはパソコンケースの中身をオラに向けてきた。
ケースの中身はパソコン本体の重量に計算されたと思われる塩がギッシリと袋積めされていた。
「しかもそれだけじゃないと!! オレは、ショックな気持ちば紛らわすために風景写真でも撮りに行と思って、うちのポケットに手を入れたら、あるはずのデジカメが無いことに気づいたんや。たぶん同じおやじに盗られたんやと思う」
「げー!! そんなん、ダブルパンチのショックやんかぁ……。
そのおやじ絶対許されへん!! 今からそいつ一緒に捕まえに行こう!! オラがぶっ飛ばしたる!!」
「無駄やって、オレも探しに戻ったけど影すら見当たらなかったもん、そんなすぐには奴も姿ば見せないやろ……」
話を聞いて冷静でいられなかったオラに対して、ようちゃんの方が冷静に戻っていたようだ。
でもダブルパンチを食らったようちゃんの気持ちを考えると同情せずにはいられなかった。
冷静に坦々と話をしていたようちゃんであったが、心はかなり傷付いているのが分った。
その後、オラはようちゃんの絵を一枚一枚ゆっくりと眺めた。絵を描いた枚数(5枚くらい)と風景画の淋しそうな感じがようちゃんの切ない気持ちを物語っていた……。
開き直った口調で、ようちゃんが「オレ、もうカメラは買わなかことにした!!」と言って部屋を出て行った……。
オラは、ようちゃんが気の毒なので、後から盗難事件のことを知ったみんなに、カメラのことは触れないようにと言った。
ナポリ滞在4日目……。
僕らは切ない思いが残るままナポリを後にした。
ナポリ中央駅を12時半に出発する国鉄列車に乗り込み、次の目的地ローマに向かった。
列車の窓から見える芸術的な街並みはイタリアの国独特であった。
ローマテルミニ駅に到着したのは16時半だった。
僕らはガイドブックで調べた駅のすぐ近くにある安宿、M&Jホテル(一人1泊15.5ユーロ=2558円)に泊まることに決めた。
ここローマには2泊3日の滞在予定である。
3日のうち2日間は移動日なので、仲間には間の丸1日を効率よく使い、それぞれが行きたい観光場所をまわってもらおうと思った。
M&Jホテルは共同キッチンがあったので、オラは、みんなに手料理を振舞おうとスーパーに買い物に出かけた。
外のレストランで本場のパスタを食べるのもたまにはいいが、値段を抑えられる自炊が僕らの旅には合っている。
それに何より現地のスーパーを見て回ることで、庶民の食生活に触れらることが楽しかった。
宿に帰って料理を作っていると、調味料が足りない事に気づいた。
お腹を空かして料理の進み具合を見にきたメンバー達に聞いてみた。
「誰か塩持ってない!?」
めぐみちゃんが答えた「塩やったら、ようちゃんがいっぱい持ってるんちゃう!?」
何気ない顔で答えためぐみちゃんに思わずみんなから突っ込みが入った。
「え~!! それ言うたらあかんやろ!!」
「しかもその塩使っちゃいますか!? っていうか、ようちゃんがだまされてつかまされた塩を少し料理に使わせて? なんて言えるわけないやん!!」
「ほんま、めぐみちゃんにはびっくりするわ。この場にようちゃんおらんで良かったわ……」
そんな噂をしているとふらっと散歩に出かけていたようちゃんが、タイミングよく帰ってきた。
みんなは何もなかったかのように自然と会話を変えた。
そしてようちゃんが、ポケットからおもむろに四角い物を取り出し、にこにこしながら言った。
「オレ、新しいカメラ買っちゃった♪」
それは以前持っていた型と同じ日本製のデジカメであった。
昨日までは、「もうデジカメは買わない」と言っていたようちゃんだが、機嫌良く新しいカメラを買ってきたので、みんなはもう落ち込んでいないんだと思い安心した。