市街にはトプカプ宮殿やブルーモスク、アヤソフィアなどの観光スポットがあり、夜にはライトアップされたモスクなどがとても綺麗である。
詐欺男に注意の巻
パムッカレから再びデニズリーに戻り、22時出発の夜行バスに乗って約9時間、トルコの最終目的地、イスタンブールに向かった。
翌朝7時にイスタンブール(オトガルバスターミナル)に到着し、そこからはセルビスに乗り込み約30分で、安宿街に到着した。
今回選んだゲストハウスは、トラム(路線電車)チェンベルリタス駅のすぐ近くにある『ツリー・オブ・ライフ』一人1泊5米ドル(約585円)の宿である。
エジプトで別れて、僕らと逆周りで世界一周している、しっかり者のけいちゃんに教えてもらった宿であった。
この宿はトルコを旅する日本人バックパッカーなら誰もが知っているような超有名なゲストハウスなのだ。
それもそのはず、宿に泊まっている宿泊客は全員日本人であった。ここは日本人の長期旅行者がバイトで宿の受付や宿泊客の世話をしているので、特に日本人が集まりやすいのだ。
「イスタンブールは、世界で最も美しい町並みである」これは、旅行中いつも鋭い感性で世界を見つめていためぐみちゃんの言葉であった。
彼女は、イスタンブール滞在予定であるこの2日間で、ブルー・モスク、イエニジャミ、アヤソフイアなど、この地で有名なモスクをめぐり、ヨーロッパ側のエミノニュから、アジア側のハレムへと、船の旅を楽しむのだと言う。
ボスポラス海峡はアジアとヨーロッパとを地理的に分ける海峡である。
ここでアジアが終わり、ここからヨーロッパが始まる。アジアの終わりは、イスラム文化の終わりでもあった。
他の仲間達もイスタンブールをかなり楽しみにしていたようで、それぞれが観光計画を立てていた。
しかし、オラの心の中では、これからユーロ圏に入ってどんどん物価が高くなっていくことの不安と、都会の風景に全く興味が無かったこともあり、あまりワクワク感は観じ得なかった。
ところが、イスタンブールの街に降り立った瞬間。
オラは、この街の景色に魅了されてしまった。
特に夜は、街中のモスクや宮殿がライトアップされメルヘンの世界に飛び込んだ感覚となった。
なんか思ったよりいいやんこの街!! ディズニーランドみたいやん。
イスタンブール滞在2日目、ムームとはこの国でお別れになるので、今夜は近くのレストランで送別会を行う予定だ。
そしてその日の午前中、みんなが観光を楽しんでいる間にオラとマッキーは、みんなからお金を預かり、トラムに乗って途中地下鉄に乗り換え、ギリシャ行きのバスチケットを購入しに行った。
オトガルバスターミナルは、地下鉄を降りるとすぐそばにあった。
その甲子園球場を思わせる程の広さの円形ターミナルの周囲に、たくさんのバス会社がずらりと並んでいた。
たぶん、バス会社の数は、今まで見た中でもここが最大であろう。
よし時間は十分あるし、ぐるりと軒を並べているバス会社を順番にあたって行こう……。
ところが、ギリシャ行きのチケットはあっちだこっちだと店員に振り回されるだけで効率よく安いチケット売り場を探せなかった。
ここさっきも行った店だよなぁ……。
フゥ、疲れた。これではラチがあかない。
すると、さっきから店の外で立ち話していた30歳前後の背の高い男が一人、僕らに近寄ってきた。
「どこ行きのバスを探しているんだ!?」男が低い声で言った。
「アテネ行きの安いバス会社を探しているんだ」オラがそうと言うと、男は、少しまわりを見渡しスタスタと歩いて僕らを店の前まで連れて行ってくれた。
確かにここのバス会社は1人100リラ(約9000円)で、今までまわった会社の中では一番安かった。
男は「教えてあげたお礼にチップをくれ」と言う。
オラは、この男があまりにもあっけなく、連れて行ってくれたので、この競争率の激しそうなこのターミナル内なら他にまだ安いところがあるんじゃないかと思えてきた。
念のため、他にも安そうな会社は無いかと男に聞いてみた。
背の高い男は、少し考えたあと、「一人80リラで購入できる店がある」と言った。
その言葉を信じて男の後をついて行くと僕らが乗ってきた地下鉄のビルの中に案内された。
ベンチの前で止まると、男は「安いチケットのバスは違うバスターミナルから出発するから、少しここで待っていろ」と言う……。
この男は僕らを騙そうとしているのではないだろうかという不安がよぎったが、旅の残り資金に余裕のないオラは、インドで南アフリカのチケットを見つけた時のように頑張って探したら、よりお得なチケットが見つけられるのじゃないかと思ったので半信半疑で着いていく事にした。
バスターミナルまでの電車賃は、男はおごってくれるみたいだ。
なんか下心がありそうでその行為が余計オラには怪しく感じた……。
オトガルの駅から6駅戻った所で降りると、男は小さなバスターミナルにオラを連れて行った。
「さぁ、君達は明日ここからバスに乗るんだ」
「へ~、そうなんだ。で、チケットはどこに売っているの?」オラは訝しそうに男に訊いた。
「じゃぁ、ちょっと着いておいで!」男は歩きながら、オラに7名分のチケット代金から手数料20リラをくれと言ってきた。
まぁ、紹介してもらうのに手数料が掛かるのは当たり前だし、逆に安心感がでたのでオラは快くOKした……。
しばらく歩くと路地裏にある古びたビルのお店にたどり着いた。
階段を下りると赤く薄暗い狭い部屋にカウンター席とテーブル席が二つだけある小さな飲み屋みたいな場所に連れて来られた。
カウンターには、白髪交じりの太ったオヤジが、ひとりでボトルを磨いたりしていていた。
どうやら夜はBARで、昼間は、喫茶店にでもしているのであろう。
僕らの他には、客はいなかった。
なんだぁこの赤く薄暗い店は!! まるで悪い奴らが、麻薬の取引でもしそうな雰囲気じゃないか……。
男は僕らを店のテーブル席に座らせたかと思うと「チケットを取ってくる」と言って外に出て行った。
チケットを売っているバス会社に連れて行くと言っていたのに、こんな怪しいお店に連れて来て、しかもチケットを男が取ってくるなんて、これはいかにも怪しいかも……。
一緒にいたマッキーもかなり不安に駆られていて「もうこの店出た方がいいんじゃない?」としきりに言っていた。
しかしオラはこのまま逃げるのもしゃくな気持ちが出てきたので、マッキーの不安な気持ちをよそにオラは男が帰って来るのを待とうと言った。
しばらくすると、男がチケットを持って店に戻って来た。
それはチケットと呼ぶにはあまりにお粗末な紙切れだった。
これじゃ、文房具屋で売っている安っぽい領収書の方がマシじゃないのか!?
あまりにも腹が立ったので、チケットと隙があれば男の顔も写真に撮って「この男に注意!!」とネットに公開してやろうか? と思ったが、男は、お金を払わないかぎりチケットを手に持たせてくれなかった。
オラは、「これは、仲間から預かってきた大事なお金や!! ちゃんとしたお店で発行しているところを見ないとお金は払えない!!」と言った。
男はとまどいながら、さっきの近くのバスターミナルに連れて行った。
オラは「どのバス会社のバスに乗るんや!?」と聞いてみたが、男は、「今日はそのバスは出て行っていないんだ」と言う。
オラは近くのバスの運転手にこのチケットで本当にギリシャに行けるのか聞きに行こうと思い、男の手に握られたチケットを無理やり奪おうとした。
ところが男はオラの腕をサラリと交わし、自分の頭上に腕を伸ばしチケットを渡さないように抵抗した。
オラはさすがに、腹が立ち、男の腕を押さえつけ手に持ったチケットを奪おうと必死になった。
しかし相手も負けてはいない、必死で抵抗してチケットを守り続けた。
結局、オラの身長より男の方が、背が高いのでチケットを奪うことが、できなかった。
チケットを奪うことは諦めて「チケット売り場はどこにあるんや!!」とオラは、男に問いかけた。
すると男は「このチケットは、控えのチケットでここから10分くらいタクシーで走った旅行会社にあるのだ」という。
うまく言い逃れたつもりだろうが、どうせそんな店は無いのは解っていた……。
マッキーが「あんた無茶しよるなぁ、いきなり殴り合いが始まるのかと思ってドキドキしたわぁ」と言ってポケットから自分の携帯を差し出すと、「この場で旅行会社に電話してみて!?」と男に差し出した。
男は、素直に旅行会社に電話しているようだ……。
オラは電話が繋がったのを確認すると、とっさに男の腕から携帯を奪って相手が旅行会社かどうか確かめてみようと思った。
あっ、でもオラはトルコ語、いや、英語すらろくに聞き取れないのだった、しまった……。
でも、電話の相手が、旅行会社の人ではないことは判った。
―― あなたのお掛けになった電話番号は、現在使われておりません(たぶん英語)……。
「こいつほんまに、うそついてるわ!! 証拠見つけて絶対殴ったるねん!!」オラが興奮しながらマッキーに告げると、マッキーは、オラの言葉を制するように言ってきた。
「イザポン、イザポン、道を歩く人が私にぼそっと、気をつけて(テイクケア)って言ってきたで!
やっぱこの男は、地元でもそうとう悪い奴なんやわぁ、もう関わるん止めとこうよ!!」マッキーが不安そうな顔で言ってきたので、さっきまで頭に血がのぼっていたオラも少し落ち着き、だんだん関わるのが面倒臭くなってきた。
それでも彼は、まだチケットは、別の場所にあるのだと言ってくる。
しかし、これ以上別の場所に移動するのも面倒だし、意地になったこの男にマフィアの事務所にでも連れて行かれたら大変だと思い、タクシーで移動することは拒否することにした。
「どうしました?」
突然日本語を話せるトルコ人のおじさんが喋りかけて来た。
その人が間に入ってくれたおかげで、男との揉め事はその場で解決した。
結局その男は、「この日本人にチケット売り場を教えてあげていただけだ!」と言っていたが、おじさんに問い詰められ「安いチケットなんて存在しない」ということを話してしまった。
そして男は、そそくさと街の奥へと消えていった……。
トルコ人のおじさんがその場に居なかったら、石を投げてやりたい気分であった。
「まぁ、この事件の行く末には、危険なことが待っているかも知れないし、お金も体も無事だったということで良かった事にしよう」とオラが言うと、さっきまで大人しかったマッキーがいきなり鋭い口調で言ってきた「だいたいあの男が金に目がくらんだのもあんたが、7名分のチケット代を持っていることを男に教えてしまったからやろ!!」
「なんやと!! お前だってなぁ……」
そんなこんなで、オラとマッキーは喧嘩しながらも、今夜行うムームの送別会に遅れぬように、急いでオトガルまで戻り、ギリシャ行きのバスチケットを買いなおしに行ったのであった。