ヒマラヤ ラフティングの巻
日本でラフティングの仕事をしているオラが、今回の世界一周計画の中で一番やりたかったこと。
それは、世界の激流をラフティングボートで下ることだ。
日本の川はいろいろ下ってきたけど、もっと凄まじい世界の激流を体験してみたいと思ったオラは、今回ネパールとアフリカにスゴイ激流があるのを聞いたので、ぜひともそこのラフティングツアーに参加してみたいと思っていた。
僕らが今回チャレンジするネパールの激流は、ヒマラヤ山脈から流れるカリ・ガンダキ川だ。
標高8091メートルのアンナプルナ連峰と8167メートルのダウラギ峰の間を流れるこの川の渓谷の最大落差はなんと3937メートル。
世界一深い渓谷と評されている。
ヒマラヤに降る大量の雪は長い年月を経て巨大な氷河を形成する。
やがて氷河から溶け出した大量の水が、カリ・ガンダキ川に注ぎ込みワールドクラスの激流へと変っていくのだ。
カリ・ガンダキ川のラフティングツアーのコースは、上流のスタートポイントから下流のダムまでの約90キロ間を3日間かけて下るのである。
残念ながら療養中の3人はとてもじゃないが川下りはできないので、(オラ・ようちゃん・マッキー・オッキー・アコちゃん)の計5名でツアーに参加することになった。
さぁ、いよいよ、ヒマラヤ山脈の源流から流れるカリ・ガンダキリバーへ出発だ!
そしてネパールに入った翌日、ラフティングツアー1日目
7時45分にレイクサイドのメインロード沿いにあるラフティング会社『ロータス』の事務所に集合した。
日本と同じく11月のネパールは朝の冷え込みが強く肌寒かったが、この日は天候に見舞われ最高のラフティング日和になりそうだったのでオラは期待に胸を躍らせていた。
行きのバスの窓からはヒマラヤ山脈の白く輝く山並みが連なって見える。
雲の中から切り立った山肌が見えてきた。
マチュピチャレである。
標高6993mのその山はまるで僕らを歓迎するかのように突如として現れたのであった。
ポカラから北西へバスで約4時間走り続け、ラフティングツアーのスタートポイントに到着。
川幅30メートル程の早瀬のまわりにはゴツゴツとした小石の川原が広がっていた。まず、ツアーの料理担当が、その場でサンドウィッチを手際よく作ってくれ僕らにお昼ご飯を食べさせた。その間にガイド達はラフティングボートを膨らませていた。
今回のツアーは僕ら日本人5名と、ヨーロッパ人のグループが5名。
ラフティングボートは計2艇で出発した。
ヨーロッパ人達のボートのガイドは今回のトリップリーダー、プーナ(ガイド暦7年)僕らのボートのガイドはロック(ガイド暦11年のベテランガイド)アシスタントガイドのサリー(2年のトレーニング生)も同乗。
まず、スタートポイントからの早瀬を一気に下り、いきなり今回最大の難関の瀬がやって来た。
ラフティングの操船で困難なのは、早い流れの中で岩と岩の間を上手くすり抜けて行くことである。
まずプーナがガイドするヨーロッパ人達のボートが瀬の入り口に差し掛かった。
プーナは右にボートを向けるが、流れの速さに漕ぎが間に合わず、瀬の入り口にある巨岩にボートがぶつかり、その勢いでボートの先端が巨岩に乗り上げた。
上流からの水圧でボートがどんどん傾いていく。
ヨーロッパ人達は必死にボートにしがみついた。
僕らは、唾を飲んでその光景を見ていた。
あー! ボートがひっくり返る! しかし、間一髪で岩からボートが外れクリアーできた。
お次は僕らの番だ。
しかし、アコちゃん・オッキー・ようちゃんは全くの初心者である。漕いでくれるだろうか? オラは、みんなに必死で漕ぐように頼んだ。
瀬に入った瞬間、大きな波が僕らのボートを襲ってきた!
「ギャー!!」オッキーとアコちゃんの悲鳴が聞こえた。
巨岩が近づいてくる。
「みんな、漕げ! 漕げ!」
怖がりながらも頑張ってみんなが漕いでくれたおかげで、なんとか巨岩を交わす事ができた。
しかしその直後。
波でえぐられた大きな落ち込みに僕らの船が吸い込まれていった。
「みんなつかまれー!!」
僕らの頭上に巨大な波が覆いかぶさってきた。
視界は水中のように感じた。
そして再び空が見えた。
どうやら助かったようだ。
「みんないるか!?」まわりを見渡すと全員無事のようだ。
僕らの船は、無事最大の難所を越えることが出来た。
「パドル上げて!」
「イェーイ!」
僕らはお互いパドルを重ねハイタッチをした。
その後もいくつかの難所の瀬を下って行き、僕らのテンションはどんどん盛り上がっていった。
スタートから2時間ほど下ると、いったん緩やかな流れに変わったようだ。
そして下流側から煙が見えて来た。
「あっ、なんか人がいっぱい見える。バーベキューでもしているのかなぁ?」
アシスタントガイドのサリーがニコニコしながら言う。
「YES、BBQ、BBQ!!」そういえば、そろそろお腹が空いてきた頃である。
「お肉の焼けるイイ匂いがしてきた♪」アコちゃんが言った。
「ホントだ、ヨダレが出て来たよ~」ようちゃんもおいしいお肉が焼けているのを想像し、唾をすすった。
みんなは、焚き火をしている現地人達に手を振った。
むこうもニコニコしながら手を振リ返してくれた。オラは仲間に入れてくれないかなぁと一瞬思った。
「あれ! 肉の固まりを焼いているのが見えるよ! 豚の丸焼きかなぁ? それとも鹿なのかな?」
ボートが焚き火の真横を通った。
一瞬みんなのパドルを漕ぐ手が止まった……。
「も、もしかして……ひと?」
「ギャァ~」
「ホントだ、人間だ!」
そう、僕らがバーベキューパーティーだと思っていた煙は、ネパール人のお葬式だったのだ。
カリ・ガンダキ川も、インドのガンジス川に繋がっている。
こちらの地方も死んだ人を焼いて川に流す風習があるようだ。
しかし、バラナシの火葬場で焼かれる人は、布で巻かれて焼かれているので、こっちの方がよりリアルだったので、ビックリした。
人の焼かれた煙の臭いを嗅いで、美味しそうな匂いと本気で思った自分たちを大変後悔するのであった。
そして僕らは、その火葬場から100メートルほど下流の砂浜で、キャンプをする事になった。
水辺で顔でも洗っている時に焼かれた遺体が流れてきたら嫌だなぁと思った。
ガイド達がボートに積んでいた荷物をどんどん陸に上げていたので僕らもそれを手伝った。
タルの中から、ジャガイモや玉葱などの食材が、ゴロゴロと転がり出された。
今夜はそれを使ってアウトドア風ネパール料理を作ってくれるみたいだ。
お鍋に野菜を掘り込み、ケチャップや香辛料を入れ、グツグツと煮込んだ。
そしてできあがった料理を河原に並べてみんなですくって食べる。やはり自然の中で食べる食事は、格別に美味しかった。
オラが日本でラフティングの会社を運営していると知ったリーダーのプーナは、将来、日本の川で仕事がしたいと思っていたみたいで興味津々でオラの隣に座ってきた。
プーナは、オラが下っている川はどんなグレードで、シーズンはいつまでなのかなど目をキラキラさせ尋ねてきた。オラも、ネパールの川をもっと色々下ってみたいという気持ちがあり、他にはどんな川があるのかなど尋ねた。
「ネパールには君達が思っている以上にもっと面白い川がたくさんあるんだ。
ツアーでは行っていないが、10日間ぐらいかけて、釣りをしながらヒマラヤの源流を下るのも楽しいぜ、このあいだなんて、こーんな大きなキャットフィッシュ(ナマズ)を釣り上げたんだぜ!!」プーナは両手を広げて魚の大きさを表現し、夢中になってネパールの川の楽しさをアピールしてきた。
オラはいずれ2人が仲良くなってお互いの国の川を紹介できるようになれたらいいなぁと思い、ツアー後に名刺交換をする約束をした。
プーナとオラは、言葉の壁はあったもののお互い気が合い、遅くまで語り合った。
そしてオラは翌日からの二日間、ラフティングボートの操船をさせてもらうことになった。
ラフティングツアー2日目
今日は空が曇っていたのでかなり肌寒かった。
途中緩やかな流れになり、まわりの景観に目を奪われていた。
ここは両側が高い崖に囲まれた渓谷になっており、ダイナミックな景色であった。
生まれて初めて見る景色にうっとりしてしまう……。
不意をつかれたその瞬間、仲間の誰かに押され川に転落。
水中からボートを見上げるとみんながニヤニヤしている顔が見える。
オラはすぐにボートによじ登るが、自分だけビチョ濡れは悔しいので今度はオッキーを突き落とす。
いきなり仲間同士で落とし合いが始まった。
水温がかなり冷たかったのでみんなは「寒い寒い」とギャァギャァわめいていた。
そんな僕らの様子を見たガイドのロックが微笑ましい顔で言ってきた。
「さぁ、陸地に上がりお昼にしましょう♪」
岩の上にライフジャケットを脱ぎ捨てた僕らは、焚き木を集めるため、森の中に入って行った。
あまりの寒さに、焚き火で身体を温めたくなったからだ。
僕らが焚き木に火を灯すと、ヨーロッパ人達も焚き火の周りに集まって来た。
焚き木に火がつくのがあまりに早かったせいか、ヨーロッパ人がビックリして「日本人は生活のために毎日焚き火をしているのか?」と聞いてきた。
僕らは火遊びが好きなだけだと答えた。
午後のラフティングが終わり、今日は昨日より早めに次のキャンプ場に着いた。
ヨーロッパ人達は山から枯れ木を拾って来て僕らに早く焚き木に火をつけてくれと催促してくる。
オラとようちゃんは、いつのまにか火起こし係りであった。
みんなで焚き火を囲み夜遅くまで語りあった。
アコちゃんはここでもモテモテだった。
トレーニング生のサリーが一生懸命アコちゃんを口説いていた。
片言の日本語で「君は僕の太陽だ!」
くせ~!
しかしアコちゃんにとっては、タイプではなかったらしく丁重に? お断りしていた。
サリーはアコちゃんにふられたことがあまりにもショックだったのか肩を落としションボリしていた。
そしてみんなが寝た後もサリーは独りで焚き火の前に座り、いつまでもいつまでも焚き火の火を見つめていた。
彼の背中には悲しみの哀愁が漂っていた。
ラフティングツアー3日目
最終日はダムまで漕ぐらしい、このあたりは近くに道路すらないような山奥だというのに、何処からともなく現地の子ども達が、手を振って川岸まで近寄ってきた。
前のボートに乗っているガイドのプーナに子どもがなにやら大きな声で叫んでいる。
するといきなり一人の子どもが、ザブーンと川に飛び込み、僕らのボートに乗り込んできた。
元気な子どもは、しばらく僕らのボートの中ではしゃぎまわった後、今度は近寄ってきたプーナのボートに乗り移った。どうやら途中まで乗っていくらしい……。
しばらくすると、木で作られた古い校舎の様な建物の前でその子供はボートから降りて行った。
どうやら通学途中の子供だったようだ。
その光景を見たオラは、濡れたままで授業受けるの? と一瞬驚いたが、よく考えたら山で暮らす子ども達の授業に、濡れて出席しようが裸で出席しようが、全く関係ないことなのだろうなぁと思い直した。
それより自然の中で生活している光景を垣間見られて面白いなぁと思った。
しばらくしてだんだん川の流れが無くなってくるのを感じた。
とうとうダムに近づいてきたのだろう。
しかし進みが遅くなる分みんなの漕ぐ量が増える。
しかも向かい風だ!
漕ぐふりだけするアコちゃんに、本気で怒るオッキー……。
2日目のラフティングでオッキーは風邪をひいたため、早くゴールしたかったようだ。
僕らは一生懸命漕ぎ続け、ようやくゴール地点にたどり着いた。
ダムに出るまでの最後の漕ぎはしんどかったけどトータル的にはかなり満足のラフティングツアーになった。
この旅で世界中のアウトドアを見てみたいと思っていたオラには、今回のネパールのキャンプは大変参考になった。
最終日の食事が終わった後、地元の子ども達に食材を分け与えているのにも感心した。
子ども達はタダで食材を貰いに来るのではなく、キャンプ道具を運ぶ作業を手伝って、そのお礼に余った食材を貰っていた。いっぱい運んでくれた子どもにはそれなりにいい食材を与えたりしていた。
帰りのバスの中では、ガイド達が、ステレオから流れてくるネパールソングに合わせ軽快に歌っていた。
それはまるで、荒波の漁から帰ってくる漁師達の大漁節を歌う姿のように思えた。
ひと仕事終えた達成感ってとこだろう……。
ネパールの自然を満喫できたオラは、今度は1ヵ月後のアフリカのザンベジ川のことを考えていた。
更なる期待で胸の高鳴りを感じた。
なんてったって野生の地アフリカ、そして世界一の激流に挑戦出来るのだから……。
カヤックやラフティングで下る川にはそれぞれ流れの激しい場所(瀬)があり、瀬には激しさ(難しさ)の基準がそれぞれ数字でクラス分けされている。
クラス1(さざ波程度)~クラス5(ラフティングで下れる限界の激流)
今回、僕らが選んだ川はカリ・ガンダキリバー(グレード4プラス)プラスは4と5の間っていうこと。
ちなみにオラが日本でガイドしている京都保津川ラフティングの川のレベルは(グレード2)初心者でも楽しめるレベルである。
カリ・ガンダキリバーのラフティングツアーは、上流のスタート地点から下流のダムまでの間、途中河原でキャンプをしながら3日間を下って行くのである。
ラフティング会社はポカラのロータスというラフティングカンパニー。
前日に事務所に寄り、キャンプに必要な道具や注意事項を聞いて、当日の朝、ロータスの事務所に再び集合することになる。
ラフティングカンパニー(ロータス) カリ・ガンダキコース2泊3日 132米ドル+入山料300ルピー
ランプ:ビニールに半分砂を入れ、ロウソクを挿して灯かりに使う。
トイレ:ミニテントを張って砂を掘って用を足す。
トイレ前にパドルに刺したヘルメットが置いてあり、ヘルメットが無い時は使用中。
寝床 :ヨーロッパ人達の寝床は普通のテント、僕らの寝床はラフティングボートの下って、おい!
オッキーは風邪気味で寒そうだ!
焚き火の煙がオッキーの方向に降りかかるが、寒すぎて動けない。
「大丈夫か、オッキー! 鼻水と涙が同時に出てるぞ!」
ラフティングのキャンプの場合暖かい上着を用意する事をお勧めする。
オラとようちゃんが発見し、朝ごはんを食べていたオッキーを呼んだ。
「オッキー!!」
「どれどれ?」
「こっちこっち、もっと前もっと前」
「ストップ!!」
グチャッ
なんとオッキーはサソリを素足で踏んで殺してしまった。
「よかったなぁオッキー、サソリに刺される前にやっつけれて(汗)」
オッキー……。 苦笑