サファリツアー二日目……。
キャンプ場を出発した僕らは、翌朝、ここマサイマラでは貴重な動物だと言われているヒョウを発見する事に成功した。
その後も、ヌー、ガゼル、インパラ、ダチョウ、イボイノシシにジャッカルなど、多くの種類の野生動物に出会うことができた。
そしてお昼からは、カバやワニを見に行くため、マラ川のヒッポ・プールに向かうことになった。
ヒッポ・プールとは川の流れが緩やかな場所で、唯一車から降りて川辺のカバなどを見られる場所である。
しかし、そこまでの道路は水溜りができていて途中タイヤがスタックしてしまいそうなほどグチョグチョな泥道であった。
ベンは車から降りてどのコースを走れば途中で止まらず進めるかと思案していた。
僕らはベンに言った。「無理しなくていいよ。もう十分動物見たし、カバやワニはあきらめるよ!」
というのもオラは、嫌な予感がしていたのだ。僕らの前にいたサファリカーがここでスタックしていて、ベンやサファリカーのガイドがドロドロになりながら車を押している光景をその場で見ていたからである。
もしまた同じような状況で車が止まったら、今度は僕らが車を押さなくてはならないのである。
僕らはドロドロになるのは嫌だ!!
しかし、ベンは変なアドレナリンが出たのか、手のひらにツバをペッペと吐いて、ハンドルを握りしめた。
ブルーン、ブルーン……。
ベンは、空ぶかしを始め、助走を付けて、泥道に突っ込んだ!!
しかし僕らの乗った車はドリフトしながら途中までは走ったものの、やはり最後までは行けず途中で止まってしまった。
ウィーン、ウィーン
「…………」
あ~あ、どうするねん。
「しょうがない、押すか!」 案の定僕らはドロドロ。
仕方がない、開き直ろう。
なんとか車を脱出させて、僕らは川辺でお昼を食べた後、レンジャーの護衛のもとでワニやカバを見に行った。
川辺で大きなカバの足跡を発見したのでその後をたどると、辺りから異様な匂いがだんだん漂ってきた。
たぶん動物の糞の匂いである。草を掻き分けレンジャーの後ろに続き歩いていくと、いきなり視界が開いた。
すると、川の中に数十頭のカバが鼻と頭を出してプカプカ浮かんでいる姿が見えた。
時おりグワーッと大きな口を空けてあくびをするカバの姿は圧巻であった。
更にレンジャーのおじさんが、そこから50メートルほど離れた場所に体長3メートルほどのクロコダイルが居るのを教えてくれた。
近づいて写真を撮りたいところだが、ワニは以外と足が速いので「これ以上近づくな!!」 と僕らは注意をされた。
その後、雨がザーと降ってきたので僕らは、車に戻る事にした。
もと来たジュクジュクの道を歩いていると、僕らのサファリカーが見えてきた。
お昼に停めた位置よりだいぶ近くに来ているのできっとベンが運んでくれたのだろう。
しかし近づいた僕らは自分達の車を見て愕然とした。
なんと車は泥にはまって傾いており、近くで頭を抱えているベンの姿を見たからである。
「…………」
その場で待機しておけばいいのにベンが車を動かしたおかげでまたまたサファリカーがスタックして動けなくなっていたのだ……。
「もー! 余計なことをしやがって!!」ようちゃんがベンを一瞥した後、怒りに満ちた表情で叫んだ。
他のみんなもあきれた顔でしばらくその場の様子を見ていた……。
ベンはションボリしていた……。
「車を押そう……!」オラはサファリカーの後ろにまわった。
それを見たみんなも仕方なしに車を押すのを手伝った。
なんとか、泥道から脱出できた僕らは、サファリカーに乗り込み、ドロドロになった衣服をタオルで拭き取っていた。
すると突然、車の無線機が鳴った。
どうやら近くにライオンがいるという知らせのようである。
機嫌が悪く、さっきまで項垂れていたみんなもライオンがいるという知らせには反応が良かった。
「うあわ、ライオンやって!! オスライオンやったらいいなぁ♪」さっきまで怒っていたようちゃんが急にはしゃぎだし、みんなのテンションも上がり始めた。
ベンは汚名返上だと言わんばかりに猛スピードで車をライオンのいる場所まで走らせた。
今回、オスのライオンにはまだお目にかかれてないので、是非ともオスライオンを見てみたいと期待をかけた。
道のないブッシュの中をひたすら走り抜け、とうとうライオンがいるというポイントに到着した。
すると目の前に大きなライオンが堂々と座っていた。
すげー、やっぱたてがみのあるライオンは貫禄があってかっこいいよなぁ……。
オラはオスライオンにお目にかかれたことでかなり満足した気分になった。
しかし、その後、大変なことが起こった。
僕らの車はまたもやスタックしてその場から動けなくなってしまったのだ。
「おい、今度は、近くにライオンおるんやぞ! どうするねん!?」みんなは不安にかられた表情をしていた。
運転手のベンは一生懸命アクセルを踏むがどんどんタイヤが泥に埋もれていく。
ライオンと僕らの距離はわずか10数m。
サファリカーから降りる事はみすみす命を投げ出すようなものだ。ライオンがどこかに行くのを待つしかないのか……。
あけちゃんが、「誰も助けてくれないよ……。」と不安で泣きそうな声で言った。
まわりの車が僕らの車を助けるには、誰かが一度車外に出ないとロープもかけられないので無理だ。
……そして更に最悪な状況になった。
なんと違うライオンがやって来て2匹に増えてしまったのだ。
最初にいたライオンは、仲間がきてもドッシリと構え、全く動く気配は無くサラサラのたてがみを風になびかせていた。――さすが、百獣の王ライオン、堂々とした構えだ……。
いやいやライオンの貫禄に感心している場合でない。
このままでは僕らは車の中で一夜を明かすことになるかもしれない……。
ライオンは、今は優雅に座っているが、人が車から降りたとたんにいきなり襲ってきそうな雰囲気も感じられるほど、恐ろしい顔をしていた。
ベンは、アクセルを小刻みに踏んだり前後にシフトを動かしたりしてみた。
すると、タイヤが勢いに乗って動き出し、サファリカーはなんと、自力で脱出できた。
よし、このまま停まらず安全な道まで走り抜けよう。
そしてなんとか危機を逃れ、本線の土の道路にまで出てきたのでベンは車を停めた。
一段落してからベンが言った「今日は早めにキャンプ場に帰ろう!!」
その言葉にみんなも頷いた。
これ以上何かあっても大変だし、明るいうちに帰りたい……。
そんな気持ちでベンもみんなも一致団結したのに違いなかった。
サファリツアーも三日目。今日が最終日だ。
この日もハゲワシ、マサイキリン、親子象など、他にもたくさんの動物を見る事ができた。
サファリツアーを体験して感じたのは日本で見るサファリパークの動物達とは全然違うことだ。
サファリパークの動物達は人間馴れしているせいか、動きが鈍くどこかやる気がないのに対して、本場の野生の動物達は、当たり前だが目が違うのである。
野生の動物はみな目がギラギラしていて近づくと襲ってきそうな怖い雰囲気をかもしだしていた。
そんな野生動物に遭遇するたび僕らは興奮していたのであった。
サファリツアーの最終日は午前のツアーで幕を下ろした。
そしていつのまにか、ツアー中何度も遭遇していた、シマウマやガゼルとの別れが恋しく感じるようになっていた。
みんなは動物達に手を振り、マサイマラ国立保護区を後にすることとなった。
帰路では、お互いの写真の出来栄えを自慢しあった。
菊ちゃんは一眼レフで性能のいいカメラを持っていた割には、今回はあまりセンスが良くなかった。
オラはやはりようちゃんの写真の撮り方が一番上手いと思った。
デジカメのモニター画面が見づらい程にガタゴトとサファリカーは揺れていた。
そんな相変わらずの悪路であったが、みんなはこの環境にすっかり慣れてしまったのかいつの間にか寝てしまい、あっという間にホテルに着いたのであった。

スタックして動かなくなるサファリカー。
ドロドロになるのは嫌だが、「みんなで押そう!!」といざぽんが言った

サファリカーを押すみんなにタイヤが巻き込んだ泥が降りかかり、案の定全員泥だらけになった

泥の擦り合いをする菊ちゃんとぷる君。
意外と泥まみれを楽しんでいた

大きな口を空けてあくびをするマラ川のカバ。
大きい奴はゆうに3メートルはあった

どろどろになった衣服を風呂場で洗う男ども
しかし、自分達の寝床を見てびっくり!! テントの中がグチャグチャに荒らされ、お菓子や紙パックのジュースが飲み散らかされていたのであった。
どうやら犯人は野生の猿のようだ。昨日からキャンプ場のまわりを奴らがうろちょろしていたので怪しく思っていたが、まさかテント内まで侵入して来るとは……。
悔しいので僕らは罠を仕掛けた。
テントの屋根から紐でパンをくくり付けてサルがギリギリ届かない位置に吊るしてやった。
奴らは飛び跳ねて頑張ってパンを取ろうとするが、なかなかうまくいかないので、イライラしているご様子。ざまぁみやがれ!

サバンナモンキーは、テントの中を荒らしに来るいたずら野郎である。
特に食べ物類は布袋にきっちり詰めて封を開けられないようにしないとすぐにやられてしまう
ツアーでドロドロになった服を洗濯しようと思い、めぐみちゃんが洗面所に向かった。
「わぁ~どうしよう!! 洗濯の途中で水が出なくなっちゃった(泣)」
宿の人に聞いてみるとどうやら断水が続いているみたいで一日に10分くらいしか水が出ないらしい……。
なので、トイレもバケツに貯めた水で何とか流さなくてはいけなくなった。
ふと見ると、可哀想なめぐみちゃんが、泡々の服をそのままベランダに干している姿が見えた。
電気がこないのも困るが、水が出ないのはもっと困ると僕らは実感した。
「住所はこの辺のはずだが見当たらないなぁ?」
「おい、お前達何を探しているんだ?」現地人の兄ちゃんが声をかけてくる。
「ファルコントラベルという旅行会社だよ!!」
「航空券を買うのか?」
「そうだよ」
「それならここだよ!!」
兄ちゃんは目の前の旅行会社の看板をゆび指した。だが、その看板には違う名前が記されていた。
「違うよ、僕らはファルコントラベルを探しているんだ」
「だからここだって!!」
「名前が違うだろ!?」
「ファルコントラベルは潰れて名前が変わったんだよ……」
「…………」
こいつ嘘ついているな!
……ほんと紛らわしい。
海外で日本人の声はなかなか聞かないので、僕らは自然に聞き耳を立てるようになっていた。
……「ソマリアの内戦の件ですが、来週に延期になったようなんです」
え、内戦??
「もしかして報道の方ですか?」あけちゃんは興味津々で尋ねにいった。
「えっ、そ、そうですが?」年のころは30代中ごろのスーツを着た男の人が僕らの方を振り向いた。
「凄い~こんなところで報道の人に会えるなんて……」
「すいません、ちょっと話し聞いていいですか?」
「あ、はい」男の人は目の前のソファーに腰を下しながら言った。
一瞬戸惑った様子の男の人だったが、やはり親しみ深い日本人だと分かったせいか、愛想のいい表情に変わったのであった。
「今まで凄い危険な目にあった事ってあります?」
「そりゃありますよ。たとえば案内の人とジープに乗っていたらいきなり案内の人に『伏せろ!!』って言われて頭を下げたらミサイルが飛んできて攻撃されたとか……。
何とか、その場は逃げ切ったって感じなんですけどねぇ~」
「へぇ、すごいですねぇ」
日本の報道カメラマンも大変そうだが、海外の報道の仕事の人の方がもっと大変だろうなぁ……。
とりあえず僕らはソマリア(内戦のある国)を飛び越し、ケニアからエジプトへの航空券をゲットできて本当に良かったと思った。