シリアで節分の巻
ハマを2泊したあと、僕らは朝から次の目的地アレッポに向かった。
ハマからアレッポのバスターミナルまでは、マイクロバスで2時間の移動であった。
そこから更にタクシーで10分ほど移動し、安宿街に到着した。
僕らは、ガイドブックで目星をつけていた『スプリングフラワーホテル』(一人1泊200ポンド=約500円)を探すことにした。
ここは、車やバイクの用品店が多く立ち並んでいる狭い通りである。
オラはガイドブックの地図を片手に、網の目状になったその狭い通りを探し回るが、初めはなかなか見つけることができなかった。
それもそのはず、看板すらも見当たらないビルに溶け込んだ黒い鉄扉の宿を、みんなはホテルだとは気づかず、何度も通り過ぎていたからである。
ようやく宿を見つけて荷物を置いた僕らは、まずトルコ行きのバスチケットを手に入れるため、トルコ行きバスターミナルに向かった。
バスターミナルは、都合よく宿の近くにあったので、歩いて行くことができた。
そして無事明日の早朝出発のトルコ行きバスチケットをゲットできた僕らは、そこから約2キロ歩いた地点にある、街のシンボルともいえる周囲2.5キロの巨大な城、アレッポ城を見物することにした。
歩いている最中、すれ違う街の人達を見るとヨーロッパ系の白人のように白い肌の人が多いように感じた。アレッポはシリアの国でも北の端に位置し、徐々に寒い地方に近づいてきたせいかもしれない……。
大きな城の入り口にたどり着いた僕らは、城の入場料150ポンド(約375円)を支払い、早速内部に侵入することにした。
場内にはギリシャ時代のレリーフなどが展示されていた。初めはつまらないかなぁと思っていたが、お城の内部は意外に面白かった。
迷宮のように複雑な作りになっているので、なんか遊園地のお化け屋敷に来ているようであった。
古びたお城の岩壁のところどころに違う通路に繋がる部屋の入り口があった。
中に入ってみると、そこは、モスクになっており、その綺麗な造りにギャップを感じた。
そして城のてっぺんまで上がると、アレッポの街が一望できた。乳白色に統一された建物の建ち並ぶ街並みは静寂した雰囲気に包まれていた。
シリアという国は同じアラブ地域でもエジプトのような喧騒なイメージは全くなく、全体的にやさしい雰囲気の国のような感じがした。
僕らはこの国を明日には出ていかなければならない。そう思うと急にこの街から離れるのが寂しく思えてきた。
アレッポに到着した夜、みんなはひとつの部屋に集まり遅くまでしゃべり続けていた。
オラは眠くなったので、先に部屋に戻り休んでいた。そして夜中の2時頃、いきなりマッキーが起こしに来た。
「なんかな、みんなが急に豆まきしたいって言い出してん」オラの枕元に立っているマッキーの片手には、豆の入った袋が握り締められていた。
「むにゃむにゃ、う~ん、今日は節分か……。そういやマッキーが、一度日本に帰ったついでに、豆を持ってきたって言ってたよなぁ……」
オラはあまりにも布団が気持ちよかったのですぐには起きれなかった。
「寝起きでテンションダダ下がりやねんけど……」
オラは、ベッドから起き上がり、やっぱりしんどいので再びベッドに倒れこんだ。
「え~、せっかくみんな期待してるねんから、鬼やってぇなぁ?」マッキーは、期待の眼差しでオラを見つめてきた。
しょうがないので、オラは眠い目を擦り、ベッドからゆっくり起き上がった。
そして買い物袋に鬼の顔を書いて、裸の上にマサイマントを羽織った。そしてみんなの部屋をノックした。
「どうぞ~♪」みんなの待ちわびた声が聞こえたので、オラは無理やり自分のテンションを上げながらドアの向こうに飛び出した。
「悪い子はいないか~!!」
みんなは、大喜びで豆をぶつけて来た。めぐみちゃんが調子にのって投げた豆粒がオラの目にまともに当たった。
「痛っ!! こりゃたまら~ん」
ホンマにたまらん痛さやった。でも仲間にはそうとうウケているようなので、ちょっと満足。
オラは慌てて部屋から飛び出した。部屋のドアを閉め、自分の部屋に戻ろうと振り向いたその時。
背後には宿の管理人が立っていた。夜中にギャァギャァ騒ぐ声で、管理人がやって来たのだ。
オラはひとり廊下で、こっ酷く怒られた。そしてしょんぼりしながら自分のベッドへと戻った。
こんな家庭サービス旺盛なお父さんのようなオラを廊下で怒鳴りつけるなんて管理人こそ本当の鬼だと思った。
そんな私を、アフリカ、中近東、ヨーロッパと、11ヶ国に渡ってすごいスピードで連れて行ってくれたのが、リーダーのイザポンだった。
すごい奇跡だと思う。
毎日、朝から夜中まで、私は幸せだった。
なんて私は可愛い仲間に囲まれて旅しているのだろうと、胸がどきどきした。
神様は、どうしてこんなに私に優しいのだろう。
今日は、豆まきの日で、マッキーちゃんがなんと、日本から豆を持ってきたのを配ってくれた。
すると、ようちゃんが、「鬼が、いねえな」と、なにやらプレッシャーをかけた。
私も、暗黙の期待をかけた。
マッキーちゃんは、全てを察知し、消えていった……。
しばらくして、ドアが、ゴトッと音を立てた。
さあ、どう来る!? 私は、身構えた。
「悪い子は、いるかー!!」
絶句した。ビニールに、なにやら鬼らしき目を描いた、マサイマントを羽織ったリーダーが、乱入してきたのだった。私が、おどろいたのは、マサイマントの下が、パンツだったことだ。
リーダー!!
本当にあまりにも驚いたので、本気で豆をぶつけてしまった。リーダーが、そこまで本気で鬼になってくれたのなら、私も、本気で豆まきせねばなるまい。
一緒に旅をしている、アイスランド人のムームーが、「アメージングだ!」と言った。
日本の文化が、間違って伝わった決定的瞬間だった。
リーダーのあまりにもセクシーな、鬼の姿に、私は驚愕を超えて、感動した。
ここまでできる大人がいるだろうか?
私も、このリーダーについていくかぎり、思いっきりバカをしようと決めた。
夜中に騒いでいたことで宿の管理人に叱られ、鬼に扮したまましょんぼり自分の部屋に戻るイザポン
アレッポ石鹸は天然のオリーブ石鹸で、街のほとんどの雑貨屋にずらりと並んでおいてある。
茶色い表面の四角い石鹸は、見た目はどれも同じに見えるが、質はさまざまであった。
表面に星が描かれており、数が多い方が、質がいいと宿の情報ノートに書いてあった。
石鹸として使うには1個がかなり大きいので、店の親父に半分に切ってくれと言うと、針金で真っ二つに切ってくれる。
中の色はエメラルドグリーンで、緑が綺麗ほど質のいいやつ、あと匂いがいいのが良いという情報も聞いていたのだが、どれを一番の基準に買ったらいいのか解らないのでとりあえず、店の親父にいいのを選んでもらった。
みんなは旅をすればするほどお土産も増えバックパックの荷物がどんどん重くなってくるので、適当な場所で日本に荷物を送って軽くしていった。
お店にずらりと並べられたアレッポ石鹸。見た目はどれも同じに見えるが、質はさまざまで種類が豊富だ